Typecorder (3)

タイプコーダー本体にはCOSMACという RCAのCMOS CPU (RCA CDP 1802) が使われていた。当時、電池駆動が可能な汎用CPUはこれしかなかったらしい。 内蔵メモリーは4K byteで、文字表示は40文字一行の白黒LCDで、一行最大80文字のテキストを左右切り替えて表示していた。

1980年当時はポータブルパソコンも携帯電話も存在しない。電卓とテープレコーダーぐらいしか持ち運べる情報機器は存在しなかった。当時の新聞記者などは、取材先で原稿を紙に書いて、それを電話口で読み上げるかFAXを探してそこから送る以外に原稿を送る方法がなかったはずである。テープレコーダーとタイプライターが一体になりもち運んで使える、という「タイプコーダー」は画期的だったと思われる。

ソニーが新聞記者という特殊な市場に注目したのは、すでに取材用のテープレコーダーを通じた顧客との接点があったためではないかと思う。この後も新聞業界用の製品がいくつか開発販売されている。

また、1980年当時にこのTypecorder (OA-S1100) は一部の業界関係者の注目を受け、その結果 Tandy Radio Shack 社の小型PC、 TSR-80 Model 100 (1983) が京セラにより開発されたといわれている。このModel 100の兄弟モデルがNECブランドでは PC-8201として商品化されている。またEPSONによりHC-20 (1982) が日本国内向けの初のハンドヘルドコンピュータとして発売されている。 ソニーもその後 SMC-T11や SMC-210などの米国向け小型PCをVAIO以前に商品化している。日本市場むけにはPRODUCEというポータブルワープロもその後商品化された。これらについては別途とりあげる。

by NapoliRoma - Own work. Licensed under Public Domain via Commons - from https://en.wikipedia.org/wiki/TRS-80_Model_100

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