イケイケの’80年代前半

1980年代は、いままでビジネス用途でしかなかったコンピュータやデータ通信が、個人用の製品として初めてつかえるようになった時期である。 他社からは IBM-PC, NEC PC-8001/9801, Apple Lisa, Mac, 任天堂ファミリーコンピュータ などが発売された。電話端末が自由化され文字だけのパソコン通信が始まった時期でもある。

まだ、AVのデジタル化はほとんど進んでいなかったので、ソニーのIT製品はアナログのAV信号とIT側のデジタル情報を混在させる製品や、3.5’ FDのようなソニーのデジタル記録メディアを使うことにより特長を出していた。

ここまで取り上げてきた製品で、ビジネスとして「ヒット商品」となったものはない。SMC-70G/3000Gが「細く長く」国内の特定用途に継続できたぐらいである。ただ、業界初の技術や、ソニーが参入していなかったコンピュータ、通信機器に参入した製品は多かった。世の中もソニーもバブル景気で、訳がわからない話でもどんどん進めてしまう、というような雰囲気があったと思う。

ソニーの業績にはほとんど無関係だったこれらの製品だが、この時期にソニー全体はどういう状態であったか数字で見てみよう。ソニーのIRサイトの奥底に古い業績データがしまってあったので、拾ってきてグラフにしてみた。

80Revenue

80ProfitRate

 

売上は 1981年の1兆円から1990年の3.5兆円に大きく伸びている。一方利益率は1981年の13%から、1987年は6.5%まで半減してる。これは 1985-87にドルレートが 240円から140円という急激な円高になったのが主な要因だと思う。ソニーはこの未曾有の事態への対応策の一つとして、会計年度の決算月をずらして、中途半端な5ヶ月しかない「経過年度」を挿入するという奇手に出ている。あまり目立たないのであるが、ソニーの財務・経理は非常に優秀で、こういう意表をつく手でエンジニアがやらかした後を処理しているのである。

ソニーはSOBAX以後、コンピュータを製品として扱っていなかったので、1980年頃から情報工学科出身の学生や、コンピューター系の他社のエンジニアを採用しはじめた。この世代は、入社してから常に「上に自分達よりコンピュータに詳しい人がほとんどいない」という状態であった。

次回からは品川本社方面に活動の主体が移動した’80年代後半の製品を紹介していく。

下の写真はこのころのソニー社員が着ていたイッセイ・ミヤケ デザインのユニフォームである。ある時期から着用する義務はなくなったが、現在でも愛用している人がいるらしい。

Uniform

ソニーの制服。袖がジッパーで着脱可能で夏冬兼用。三宅一生デザイン。

 

 

 

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中