MSX (2) 株パソコン

MSXはキーボードがついていて、 BASICも搭載していたので、ゲーム以外の用途にも使えるパソコンであった。派生機種として、株のチャートと大和証券のオンライン株取引のソフトをバンドルした「株パソコン」まであった。

hb-t600

MSX 「株式ターミナル」 HB-T600 (1986) http://usbsecretbase.michikusa.jp/hb-t600/index.html より


私は当時この HB-T600の元機種の HB-F500(1986) を買って、株式取引のソフトを使ってみた。インターネット以前なので、大和証券のサーバーに直接ダイアルアップする方式であった。このとき、人生で初めて証券会社に口座を作って株式取引をした。この「株 MSX」用のソフトウェアは当時の営業部にいた株好きの課長がMSX-BASICで自分で書いた、という話である。

MSXはCPUに Z80を使ったシステムであったが、その後、CPUやグラフィックスなどの性能を上げた MSX2, MSX2+, MSX 2 Turbo Rなどフォーマットが進化していったが、メーカーは徐々に減っていきソニーからは1988年の HB-F1XVが最後のモデルとなった。 松下だけは頑張って’91年の16 bit 規格 MAX-Turbo Rの機種 FS-A1GT まで出し続けた。

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ソニーの最後のMSX HB-F1XV (1988) http://usbsecretbase.michikusa.jp/f1xv/

FS-A1GT

松下の最後のMSX FS-A1GT (1991)

 

MSXは当時日本のPC業界の大手だった NEC, 富士通は参入せず、ソニー、松下、Sanyo, JVC, YAMAHA, Pioneerなどの家電メーカーが主体であった。また、内部のチップも東芝、ヤマハなどが製造していて、一種の「日の丸パソコン」でもあった。 海外ではなぜかスペイン、イタリア、ロシアなどで好評だった。海外においても日本メーカー以外の製品はほとんど無かった。

同時期の1983年に任天堂は「ファミリーコンピュータ」を発売し、2個のコントローラとゲームカートリッジというゲームコンソールの標準形式を確立しゲーム機として大きくシェアを拡大した。そのような状況で、ゲーム機のような、エントリーレベルPCのようなMSXには居場所がなくなっていった。

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任天堂 ファミリーコンピュータ (1983)

 

ソニーとしては家電チャネルで継続的(5年間)にコンピュータを販売しつづけることに成功した最初の事業で、担当していたHI(ホームインタラクテイブ)事業部では他にもユニークな製品を開発した。

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