PalmTop (5) マニュアルも凝っていた

PalmTop 二号機 PTC-550は取扱説明書も凝っていた。本体と同じようなサイズの横長でリング綴じになっていて、ソフトの Palmnote と同じようにタブでセクションが区切られている、という贅沢なつくりである。昨今のスマホやPCは、紙のマニュアルは電源を入れて初期設定するための最低限の情報しか記載しなくて、あとはWeb や内蔵のHelpに頼る、というのとは大違いである。

PTC-550 取説写真01

本体ソフトと形式をあわせたPTC-550のマニュアル

 

この時期のソニーのIT商品のマニュアルは社内の専門の部門が設計者と協力して書いていた。他社だと、製品の仕様書だけ渡してアスキーなどに全部外注、ということも多かったようだが、ソニーのマニュアルは内製が基本であった。また、この時期にマニュアルの部門は「ドキュメント・デザインセンター」という名称になり、本体の工業デザインや画面などのグラフィックデザインなどと同一の本社組織で担当するようになっていた。

このPTC-550のマニュアルはそのようなマニュアルも製品の一部としてデザインしよう、という意図のあらわれであろう。

 

PTC-500/550 は、業界では世界的に話題になったが、冷静に考えると20万円近い価格、大きさ、出来る事、などがつりあっているとは言いがたいので、一部の層以外への販売は難しかったと思われる。そんななかで、とりあえずお金を持ってそうなビジネスマンに買ってもらおう、と JALの機内誌での通販にもトライした。

JALShop1

JALの機内通販誌に載ったPTC-550

JALShop2.JPG

同じ号の裏表紙は シャープのFAX

 

1991年当時は、普通の「ビジネスマン」はまだPCを仕事の基本的な道具としては使っていなかった。一般的にはインターネットはまだ使われていなかったし、Windowsも最初の実用版である 3.0がリリースされたばかりで、普通のPCは MS-DOSで動作していた。だから、飛行機のビジネスクラスで飛び回るような種類のビジネスマンは重くて使いにくい ラップトップPCを持ち歩いてはいなかったと思う。

 

写真は当時の代表的な日本のラップトップPCである NECの PC-9801NS である。これを使うためには 毎回 DOSを立ち上げて、「一太郎」とか「ロータス 1-2-3」「サイドキック」とかを起動しないと何も仕事はできなかったのである。そういうものを手帳代わりに使うのは難しかった。

PC-9801NSE96(1991)

1991年当時の “98Note” PC-9801NS (DOS用なのでタッチパッドとかない。) http://www011.upp.so-net.ne.jp/kjts/9801nst.htm より

そういう背景を考えると、JALによく乗るエクゼクティブに、すぐ起動して手帳のようにつかえる PalmTopを紹介する、という狙いは理解できる。ただ、周りに並んでいる5万円以下のアタッシュケース、時計などと比べるとかなり高価なので、どれぐらい実売につながったのであろうか?

 

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