NEWS (5) pop NEWS と 日本語DTP

NEWSはEngineering Workstation として、ソフトウェア開発や、CADなどの用途に大学や研究所に販売されたようであるが、市場を拡大するべく、”pop NEWS” という機種が発売された。 (PWS-1550, 1987年 など)

 

POPNEWS

「パソコン風」 NEWSの POP NEWS

 

これはNEWSのメモリーやディスク容量を少なくし価格を100万円以下にして、さらにコマンドラインでの操作なしで使えるような GUI Shell “NEWS Desk”や、文書作成・管理用のアプリケーションをプリインストールしたモデルである。 Unixマシンを Macのようなパソコンに近い感覚で使えるようにすることを狙ったものである。

NEWS-DeskCut

POP NEWS 用 GUI シェル “NEWS Desk”

 

PopSpecs

pop NEWS と「普通の」 NEWSの機能比較表

 

 

このために「文書処理革新」というシステムが開発された。中心になっていたのは CDFF (Common Document File Format) という Unix, PC, ワープロなどの間で日本語文書ファイルを交換できるようにするファイルフォーマットとその管理ソフトウェアであった。

CDFF

「文書処理革新」のカタログ説明

 

PopNEWSNetwork

pop NEWS や Quarter/L をつないだ文書処理ネットワーク

 

 

当時、アメリカではAdobe社のPC用ソフトなどで、ワープロを越える DTP (Desktop Publishing) という分野のソフトウェアが使われ始めていた。現在だと “Word” などに普通についている、イラスト挿入、ページ段組、索引、目次自動生成、バージョン管理などの機能がある Page MakerなどのDTPソフトウェアである。

これを日本語で行おうとすると、まずフォントが大きな課題になった。当時のPCやWorkstation は主に 24×24などのドットマトリクスの日本語フォントを画面や印刷に使っていたが、レーザープリンタなどで写植や活版と同レベルの文字を印刷するためにはベクターフォント(アウトラインフォント)が必要であり、文字種や書体が多い日本語ではそのフォントのデータを開発するのにも多大なコストがかかったと思う。また、当時は現在とちがって、米国で開発されたソフトウェアは文字をASCIIの8bitコードでしか扱えず、16bit の JISコードで扱えるようにするためには、OSやアプリ、プリンタなどの多くの要素を日本語用に再開発する必要があった。

ソニーはNEWSを材料にこの日本語DTPの分野に参入しようと考え、一社では開発しきれないので、業界コンソーシアム “DTP コンソーシアム”を大日本印刷などとともに設立した。 (くわしくは ここ http://www.miraikeikaku-shimbun.com/article/13282003.html を参照)

CDFFもこのDTPコンソーシアムのフォーマットとして開発されたものである。ソニー製品では Quarter/LPRODUCE も対応した。

POPFamily

ソニーのCDFF 対応機種

 

結果として、この試みはあまり大きな成果を生まず、Pop NEWSはNEWSがRISCに世代交代した後は発売されていない。

結局、AdobeやMicrosoftが自社製品を “Internationalization”する過程で、日本語をほぼ完全に取り込んだので、PDF, “Word” ファイル、HTMLなどの世界共通のファイルフォーマットとアプリケーションソフトウェアでどこの国の言葉でも扱えるようになった。その結果、単なるDTPソフトでほとんどの日本語処理ができるようになり「日本語DTP」というカテゴリーが成立しなかった。

また、DTPという概念も Microsoft Wordなどの一般向け Word Processor が多くのDTP機能を取り込んでしまったので、ごく一部のプロしか専用ソフトは使われていない。

 

この時にUnicode という国際文字コードのシステムが重要な役割を果たした。これはXeroxなどが提案したもので、1991年にUnicode コンソーシアムが米国各社を中心に結成される。これに、日本語、中国語、韓国語の文字 (CJK)をどう組み込むかは当時大問題となった。

漢字については、中国の文字コード体系と、日本のJISコードは当然全く異なるもので、日本は当初、JISコードそのままで「日本語コード」としてUnicodeにマッピングすることを主張したが、ISOでの議論・投票などの結果、中国語と日本語で同じ文字には同一のUnicodeを割り当てる Unified Kanji という方式が Unicodeの国際標準規格となった。結果として、現在、全世界どこのPCでもスマホでも、どこの国の言語でも表示できるようになっているので、長期的にはUnicodeによる文字コード統一は21世紀になってから大きな成果を得ていると思う。

1990年頃は中国と日本の関係は現在と全く違ったものだったので、この漢字コード統一問題は限られた専門家だけの話題であったが、もしこの議論が今起こっていたら政治問題化していたと思う。

Windowsは XP, Vistaの頃から Unicode 対応をしだした。これと前後して、各社のアプリケーションソフトウェアに英語用とか日本語対応とかの区別がなくなり、「一太郎」のような日本語固有のアプリケーションソフトウェアというのが絶滅に追いやられた。現在は年賀状という日本固有の習俗に依存した「筆まめ」のようなソフトウェアが残るのみである。

最近も、電子出版の世界で同じような日本語専用のフォーマット(XMDF)と欧米規格(EPUB)の日本語拡張に分裂しそうな状況になったのは興味深い。

 

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