’90年代前半の社内IT事情

以前に1980年代の社内のIT事情について記したが、NEWSの頃、どうなっていたかを思い出してみる。

NEWSが発売されるころには、社内に Unixを使うエンジニアが関連部門を中心に増え始め、当然のこととして社内にEthernetが張り巡らされ、emailが使われはじめた。 当時は 10Base5 という黄色い同軸ケーブルでLANは引くものであったので、床下に大量の黄色い同軸がとぐろを巻いていた。

スーパーマイクロの関係者は@sm.sony.co.jp  当初  (1988年頃)@sm.sony.junet のドメインのメールアドレスをもっていたが、最初は、ほぼ社内専用だったので適当なニックネームのアドレスが使われていた。その頃は名刺にメールアドレスを印刷する時代が来るとか思っていなくて、学生のノリでつけたようなニックネームそのままのアドレスの@smアドレスを長く使う羽目になった社員も多い。@smドメインは1989年に@sm.sony.co.jpに改名し、その後、 スーパーマイクロ事業本部消滅後も長くつかわれ、21世紀に入ってからも使われていた。恐らく現在は停止していると思われる。 @smドメインは現在も利用している社員がいてソニー社内最初のドメインとして維持されている。

また、今のようにPC一台づつに Mail clientが入っていたわけではないので (自分専用の NEWSを持っていいるのでなければ)、共通で使われている Unixのサーバーに LAN経由で Telnet login して、 Unix shellのコマンドでメールを使う、という時期があった。私が会社で日常的にメールを使うようになったのは、1990年にANビルに異動した頃である。確か、自分用にはMacしかもっていなかったので、MacからTelnetにログインして使っていた。個人的には Unixに直接ログインして使ったのは人生でこの時期だけであった。

しばらくすると、PC/Mac用のSMTP Mail clientとして Eudoraという Freewareが現れたのでこれを使い始めた。これで、現在のPCのメールとほぼ同じような使い勝手になり業務連絡などに使われるようになりはじめた。この頃はまだ社外と仕事でメールのやり取りはあまりしていなかったと思う。 Internetは研究開発用で安全でもないので、社外との業務連絡には適していない、というような認識があったと思う。私は後で述べるApple系の仕事だったので、社外とのメールは Appleが運営する AppleLinkというClosedなシステムにモデムで接続するか、QuickMailというMac用のローカルなメールシステム経由で接続していたような記憶がある。
また、このころに社内のIPネットワークをAd Hocなものから、ちゃんと管理しようということで SEN (Sony Engineering Network)という名前をつけて整備しはじめた。社外とは,慶応大学の村井純などが運営するJunet という日本における Internetの実質的起源のネットワークに接続された。初期のソニー社員のアドレスが、.junet で終わる形式だったのはこのためである。この時点でのInternetとの接続は各拠点ごとのサーバーからuucpというファイル転送プロトコルを経由してバッチで転送する方式なので、メールなども社外だと即時には到達しなかった。JunetはKDDIの回線経由でUSなど海外に接続されていたが、「研究実験用」という名目で特に課金など企業ユーザーにはされていなかったと思われる。そういった事情もありビジネスに使ってよいものか、というためらいは企業側にはあったと思う。

やがて、おなじく村井純らが運営する WIDEという名前の日本初のInterconnect (IX)に接続し全InternetとIPアドレスで直接パケットを交換できるようになった。(一般には1994年から供用されたようだが、ソニーはやや早い時期に接続していたような気がする。)  IPアドレスも 43.xx.xx.xx 全部という膨大な(全 IP V4アドレスの1/256)割り当てをソニーは受けていた。(現在、ソニーの社内網の IP アドレスが43.から始まるのはこのころの名残である。) これにより、メールなどのトラフィックは全世界に一瞬のうちに接続されるようになった。当然、当時はWWWとか検索エンジンとかまだ知られていなかったのではあるが、全世界にパケットが一瞬で届くようになった時の感覚は初めて海外にメールを出した時の同じような感動であった。

メール以外の重要なアプリケーションに News Groupというのがあった。これは、Internet上の電子掲示板・会議室のようなシステムであるが、特定のサーバーにアクセスするのではなく、参加する拠点間で投稿記事をメールと同様にバケツリレー式に中継して流していくことで動作していた。(今風にいうと 2chがP2Pで動いているようなもの)

Junetでつながっている日本の大学・企業などのInternet communityは独自の日本語のNews Groupを立ち上げて、 fj.というprefixではじまる様々な分野の掲示板があった。Unixや各種コンピュータ技術についてのgroupの他に各種趣味についてのgroupもあった。また、ソニー社内のみの sony. ではじまる News Groupもあった。このころ、温厚そうなエンジニアがメールや掲示板で論争になると切れたり、揚げ足取りをして別人のようになる、ということも発見された。(「は、それがなにか」とか言って人を逆上させるのがうまい東工大のmohtaさんというのがいた。)

fj にどのような news groupがあったかは、ここで見ることができる。 Internet News Groupは現在はほぼ休止しているが、システムとしては停止していないはずなので、現在でも News ReaderとFeedを管理しているサーバーを見つければ当時から現在にいたる内容を見ることができると思われる。 また、Googleは全世界のnews groupをアーカイブしているらしくここで検索できるようである。当時のユーザは自分の名前をここで検索すると、興味深い結果が得られるかもしれない。

今回、引用する写真が何もなかったので1992年の映画「ゴジラvsモスラ」の写真を貼っておく。この映画は「平成ゴジラ」シリーズ最大のヒット作である。残念ながら未見である。

 

1992Godzila

記事内容とは無関係です。

 

 

 

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