General Magic / MagicLink (5) 開発スタート

1991年初め、ソニー、Motorola, AT&Tとの契約も締結され、 General Magic社は開発を本格的に開始する。 Founderに Bill and Andy という Macの「神」がいる効果か、Appleから優秀なエンジニアが何人も移動してきた。この時期のAppleは Steve Jobsが去って数年たち、やや退屈な場所になりかけていたのかも知れない。この頃に加わったメンバーには有能な人が多く、後に他社で大きな功績をあげて有名になった人が多い。それらの人たちについては後日紹介する。
人数も増えてきたので、 General Magic社は新しい建物に移転する。

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当時のGeneral Magic社が入居していた 2465 Latham Street, Mountain View のビル。 (不動産サイトより)

同じ Mountain Viewでも、 Palo Altoに近い Latham Street というところの3階建てのビルの1階と2階をGeneral Magic社が使っていた。3階には高速 DRAMの開発会社 RAMBUSが入っていた。

 

湾岸戦争も終わり、海外出張できるようになったので、私は1991年春ぐらいから、このGeneral Magicの建物に頻繁に出張して打ち合わせをするようになった。一人ずつパーティションで区切られたオフィスがあり、作業用のラボも広々としていて、ANビルに詰め込まれていた我々はうらやましかった。また、シリコンバレー的に自由な雰囲気なので、例によって、社内にアーケイドゲームの機械、卓球台、などがあり、社内には犬、自転車、スケボーなどが転がっていた。

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General Magic社内で飼われていたウサギ “Bowser”

 

誰かが社内でウサギを飼っていて、Bowserという名前だった。このウサギが会社のロゴの起源であるかどうかは不明である。

 

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NEO GEOのゲーム機で遊ぶ Andy Hertzfeld

 
ソニー側では、AppleへのOEMではなく、自社製品のプロジェクトになったので、それまでのApple OEMの謎の「開発プロジェクト室」に寄生する形ではなく、当時 PalmTopなどを開発していたスーパーマイクロ事業本部HI事業部が扱うことになった。(1991年4月) 当初の開発メンバーとして PalmTopのメンバー数名が集められた。この頃、PalmTopは一号機が発売された後で、小型の三号機を開発している頃である。
社内でプロジェクトを進めるためには何か適当な名称が必要なので、IZUMO Project という名前にした。これは相手のGeneral Magicには「神」のようなエンジニア様がいろいろいたので、負けないように日本中の八百万の神が集まる出雲大社のご利益にすがろう、と思ったのである。社内では I プロと呼んでいた。(Powerbook 100 は A プロというわかりやすいコードネームだった。)また、当時、社内でPlaystation のプロジェクトがもっと大規模な秘密作戦で進められていてそっちは「両国プロジェクト」と呼ばれていた。両国におもちゃ問屋が多いことから「おもちゃ屋=任天堂」ということにちなんだプロジェクト名だったと推測する。
General Magic社の設計した回路とソフトウェアを元に、ソニーの製品の開発が始まる。1年近くかけて、PalmTop2号機をもう少し大きくしたような形状の試作機ができあがる。この試作ではPalmTopと同じく安価な鉛蓄電池を電源にしていたが、消費電力が思ったより大きく、またソフトウェアの完成度も低かったので、その形状での商品化は一旦見送られる。 1992年の中ごろではなかったかと思う。
当初、General Magicの技術を使って、Apple, ソニー、Motorolaの3社が製品を発売する想定であったが、Appleは当時すでに社内で開発していた “Newton”に注力していたので、早期に実際の開発からは手を引いてしまう。 General Magicのプロジェクトは元々は Apple社内で “Pocket Crystal”というコードネームで検討されていたらしいが、その時点で Newtonと競合することが明らかだったので、社外に放出された、というのが真相に近いと思われる。

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Newton Message Pad (1992年発表、1993年発売)

一方、 Motorolaは得意の無線通信技術を使って、無線端末としての製品を開発していた。この次期には携帯電話のシステムは AMPSというアナログ方式で、データ通信はできなかったが、 Motorolaは業務用のシステムとして ARDIS (DataTAC) という無線ネットワークを米国内で運営していて、それに対応した端末を開発していた。

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