General Magic MagicLink (9) アクセサリー、 Wireless

MagicLink PIC-1000 にはいくつかの専用アクセサリーが用意された。

infoworldmagiclink

MagicLinkのアクセサリー (Infoworld March 6, 1995) 左上から リチウムイオン電池、ヘッドセット、キーボード、SRAMカード、 Pager Card

 

キーボード。 MagicBusで接続するポータブルキーボード。本体に付属するレザーカバーはスタンドにもなったので、本体を立てかけてその前にキーボードを置いてタイプする、という今の iPadのキーボードのようなことができた。
ヘッドセット。本体の専用コネクタに接続して使うイヤホンとマイク。本体のダイアラーで電話をかけて通話することができた。

 

SRAMカード。 PCMCIA スロットに入れる メモリーカード。 (512K Byte?) この頃、ソニーの記録メディアの事業部が磁気メディアから半導体に進出を計画し、MagicLinkのロゴ入りのSRAMカードを準備していたが、何故か途中で中止してしまい、急遽 EPSONから調達した。
Pagerカード。 モバイル通信端末なのに電話線が無いと使えない、という根本的な問題をなんとかしようと開発した周辺機器。 PCMCIAの形状のなかに Pager (日本でいうポケベル)の受信機が入っていて、メッセージを受信すると、MagicLink本体の画面で見ることができた。

 

この頃は携帯電話がやっと普及しはじめた頃で、まだ高価で、誰でも持っているというものではなかった。会社だと Executiveしか持たせてもらえず、普通の外回り社員は Pager しか持ってなかった。よく使われていたのが やはり Motorola製の黒い箱で、上部に数字だけを表示する一行のディスプレイがついていて、ベルトに引っ掛けるようになっていた。 用事がある人は呼び出しセンターに電話して、相手のPagerの番号と自分の電話番号を10キーで入力する。呼び出された人は Pagerがピーピーなるので、気が付いて、表示された番号に慌てて公衆電話やその辺にある電話でコールバックするのである。 ピーピーなるので Beeperとも呼ばれていた。呼び出される一方、というところに末端会社員の悲哀を感じるデバイスであった。

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当時よく使われていた Motorolaの Numeirc Pager (eBayより)

 

米国の会社の電話というのは基本的に各個人に個別の直通番号があって、さらにPBXによる留守電機能 (Voice Mailと呼ばれていた。)がついているのが普通であった。そうすると Pagerで呼び出されて電話しても Voice Mailしか応答してくれなくて「xxx です。お呼びのようですが、何の御用でしょうか。またお電話いたします。」というマヌケなVoice Mailを残すしかない、といことがよく起こった。慣れてくると、お互いに Voice Mailを残すだけで一度も会話しないで用件が片付いてしまうこともあった。

電話番号だけではあまりに不便なので、文字を表示できる Text Pagerというものもあった。送信側はPCなどを使って文字を入力していたと思う。日本では、電話の10キーでカタカナをポケベルに送れたので、その技を女子高生などが磨いて、目にも止まらない速さでカタカナのメッセージを打ち込んでいたものだが、アメリカではそういうユーザはいなかったと思う。

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これもよく使われていた MotorolaのText Pager

Pagerはローカルな事業者が多く、全米カバーしている事業者は数社しかなかった。 確か SkyTelという業界トップの企業と、新興のPageMartという2社と提携の交渉をしにいって、結局 SkyTelのPager カードを MagicLinkの周辺機器にすることになった。

PCMCIA型のPagerというのは一般的ではなく、シリコンバレーにあった Wireless Access という小さな企業が開発したものを採用した。できあがったPager cardはソニー製品として販売されたが、SkyTel専用だったので、SkyTelのブランドもついていた。当時、ソニー製品に他社のロゴもつけて販売することはあまり例がなく、本社のお許しを特別にもらったように思う。

skyteltelecard

Pager Card経由で受信した SkyTelのメッセージの画面 AT&T PersonaLink と同様にTelecardとしてInboxに配信された。

この時に SkyTelと縁ができたので、後にソニーはSkyTel用の Text Pagerを開発販売した。
PagerによるメッセージはMagicLinkに表示しても、専用 Text Pagerで受信しても、所詮は One wayなので、コミュニケーションは完結しない。自然な流れとして、送受信できる Two-way Pager というものがこの頃開発されていた。その後, 1999年にBlackBerryが発売されアメリカのビジネスマンはより忙しく24時間メールをやりとりするようになった。 BlackBerryはMobitexという Two-way pager のシステムを採用していた。

sonypager

後に開発されたソニー製 SkyTel Text Pagerのマニュアルより。 当時流行していたジョグダイアルがついている。

 

MagicLinkをなんとか、どこでも通信できるようにしよう、という最後の悪あがきとして、Wireless Modem Link というものも製品化された。これは、ソフトウェアのパッケージで、一種のモデムドライバーのようなものである。当時、すでに販売されていた アナログ携帯電話に接続する PCMCIA型のモデムをサポートしていて、MagicLinkを携帯電話に接続すると、どこでも AT&T や AOLに接続することができる、というものであった。通信速度や安定性は十分とはいえなかったと思う。

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Wireless Modem Linkの接続図。 上がアナログ携帯電話とカードモデム、下が Ricochet

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Wireless Modem Linkのカートン。何故か、ヘタウマイラスト。

 

また、当時、シリコンバレーなどの一部地域で運用開始していた Metricomという会社のRicochetという広域無線ネットワークの端末を接続して使うこともできた。この状態で、現在のスマートホンに近いことがなんとかできるようになったが、機器はまだ大きかったので、実用的とはいえなかったと思う。

Ricochetのシステムは今で言う Mesh Networkのシステムであった。シリコンバレーの街灯や電柱にRicochetの小型の中継局が取り付けられ、電源のみ供給されていた。中継局同士を接続するネットワークも無線で接続されていた。 Metricomは Microoft Founderの(何にでもお金を出す) Paul Allenがスポンサーであったが、2001年に倒産する。

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街灯にとりつけらていた Ricochetの基地局。 Mesh Networkだった。 (Wikipediaより)

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Ricochetの端末 MagicLink本体より長い。 (eBayより)

 

また、この頃 (1990年代前半)には CDPD (Cellular Digital Packet Data)という技術も注目されていた。これはアナログ携帯電話網の空きチャネルにデータパケットを流す、という方式で、TCP/IPと親和性が高いシステムになりそうだ、という期待があった。結局 90年代後半に、AT&Tなどがサービスを提供し、一部のメーカーが対応端末を出したがあまり成功しなかった。その後、GSMデジタル携帯電話の第2世代 (2G)などでGPRSなどのパケットデータ通信サービスが提供されるようになり、その延長に現在のスマートホンはある。

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