VAIO (3) The First VAIO, PCV-90

ソニーの最初の VAIO、 PCV-90とPCV-70は1996年6月の “PC EXPO”で発表された。”PC EXPO”はマンハッタンの Jacob Javits Convention Center で毎年開催されていたPCを中心にした展示会であった。毎年11月にラスベガスで開催されていた COMDEXに比べると小規模だが、場所がニューヨークなので、一般のメディアの注目を得やすい、というメリットもあったとおもう。また、年末商戦用の商品を発表する場としてCOMDEXは遅すぎる、という理由もあった。 VAIO発売以後、しばらくソニーは毎年出展していたと思う。

PCV-90/70は紫のケースにはいった Mini Tower型で、Pentium CPU (200MHz/166MHz, MMXは未対応), 16Mbyte/32MByte RAM, 2.5G/2.1Gbyte HDDという仕様であった。マウスもキーボードも紫がかったグレーで VAIOのロゴが刻印されていた。また、専用のトリニトロンモニターには VAIOの文字が印刷されたスピーカー兼用のスタンドがついていた。

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VAIO 1号機, PCV-90 (1996)

本体前面のCDやFDDのある部分は上下にスライドするカバーがついていて、閉じると、前面は無地の紫の板に見えるようになっていた。中に入っているPCのシャーシー、マザーボード、CD, FDD, HDDなどの部品はすべて業界標準のもので、通常なら、フロントパネルにはそのモジュール構造の部品の切れ目がそのまま見えるのであるが、ソニーの家電機器のデザインとしてはそれはあり得ないので、スライド式のカバーで、その構造を隠してしまった。実際にはこの時代にはまだ CDやフロッピーをつかうことが多かったのでほとんどのユーザーはこのカバーを開けたままつかっていたと思う。

また、製造したインテルも、このような「可動部品」があるプラスチック製のメカの経験が少なかったせいか、このフロントカバーはいろいろ不具合のもととなった。

OSは Windows 95であったが、 Desktopには VAIO Spaceという 3D Graphics 風の Launcherがプリインストールされていた。当初の予定では電源を入れるとこの”VAIO Space”が自動起動して、Windows Desktopを隠してしまう、という仕様だったが、発売前にマイクロソフトに発見され、デスクトップにショートカットを置くだけにとどまった。

 

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“VAIO Space” 画面。 3D風のApplication Launcher.

 

まだ DVDが商品化されていなかったので CD-ROMが内蔵されていた。 ATIの Graphics boardが内蔵され “Sony Tuned” MPEG decoder が動作した。 通信機能としては28.8Kbpsの Modemが内蔵されていた。

当時はまだ Home Broadbandは存在していなかったので、PCでDigital Video を楽しむためには、CDに記録されたものを再生するか、なんらかの方法でアナログ媒体から取り込む必要があった。 そのため、PCV-90/70には10枚程度の CD-ROM Titleがバンドルされた。代表的な Multimedia Titleとして Microsoft Encarta (電子百科事典)が同梱されていた。その他にもソニーの映画の予告編のCDなどもあった。

周辺機器 Interfaceとして USB Portがハードとしてはあったが、 Microsoft Windows 95が 1997年まで USBをサポートしなかったので初代VAIOでは使うことができなかった。

最初のVAIO PCV-90/70は、1996年10月頃から、全米の “Circuit City”などの家電量販店で発売された。この頃、米国に存在していた “Circuit City”や “Comp USA”などの家電、PC量販店はその後、淘汰されていき、現在、残っているのは”Best Buy”のみである。

 
VAIOが発売されたこの頃、ほとんどの他社のWindows PCにはCD-ROM以外にAV機能はあまりなく、個人向けとオフィス向けに製品もあまり分化していなかった。PCの形状やデザインもベージュや灰色の単なる板金の箱が殆どであった。日本では NEC(PC-98)が最大手であり、USでは COMPAQ, HP, DELLなどが大手であった。

 
全体として、初代 VAIOはIntelの標準的なPCにソニーのデザインの「皮」を与えて、いくつかの Multi Media アプリとAV向けのモニターを組み合わせたものであり、AV機器としてはまだ不十分なものであったが、出井社長就任から1年ほどで製品を発売することができた。ソニーという会社が個人向けPCの業界に再参入し、その後20年以上も継続する VAIOというブランドはこのモデルで始まったのである。

 

この後、DVDがPCに搭載され、デジカメや,MP3, Home Broadbandが登場し、家庭向けのエンターテインメントPCという市場が立ち上がっていくのであるが、VAIOはぎりぎりのタイミングで、その先頭に立つことが出来たといえると思う。

たとえば、すでに1995年に HPは最初の Consumer 専用 PCの Pavilion 5030 を発売している。(私は個人的にはVAIO発売前にこれを自宅用に買った。) また、Appleはこの時期は John Sculleyが辞めて、Steve Jobsが復帰する以前の「お留守番経営陣」が経営していた時期で、ラインナップの混乱や中途半端な互換機ビジネスとかの問題を抱えていたが、カラーモニター一体型の Macintosh Perfoma 5200 (Macintosh LC 5200の別名版) を Consumer モデルとして出している。(型名だけで経営の混乱ぶりがうかがわれる。)

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HPのHome PC, Pavilion 5030 (1995)

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Macintosh Performa 5200 (a.k.a. Macintosh LC 5200) (1995)

一方、この頃、日本市場では,Windows 95と共に日本に進出してきたPC互換機に王者 NECが苦戦していた。 NECも独自仕様PC-98シリーズのほぼ最後の世代になる “PC98 Multi Can Be”というシリーズの家庭向けデスクトップPCを1995年から発売していた。この後、1997年末にNECは”PC-98NX”というPC互換機を発売し、1998年に独自アーキテクチャのPC98を葬る、という皮肉な暗合を生んだ。また、PC業界では、この頃のIBM-PC互換機の規格を”PC98”規格と呼んでいたので、”PC-98NX”は”PC98”なのに”PC9800互換”ではない、という複雑なことになった。

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NECのPC9801互換最後のHome PC “CanBe” http://www2e.biglobe.ne.jp/~alf/computer/history/catalog/pc9821ct16.htm より

 

なお、PCV-90/70は翌年1997年に、Video Capture Card, TV Tunerなどを追加した、AV用ハイエンドPCという仕様で日本での最初のVAIOとして発売されている。評判の悪かったスライド式フロントカバーは無くなっていた。(PCV-T700MR) (フロントカバーは同じ構造で、日本モデルはビデオ入力を見えるようにフロントカバーを下に押し下げて開いた状態で写真撮影されていた。)

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日本での最初のVAIO PCV-T700MR (1997)

 

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VAIO (3) The First VAIO, PCV-90」への1件のフィードバック

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