21世紀になってから

 

このブログは「忘れらた20世紀のソニーIT製品の歴史」についてのものなので、製品紹介は前回のVAIO QRの記事が最後です。2年ほどの間、お読みいただいた皆様、ありがとうございます。今後もブログそのものはこのまま維持いたしますので、ご利用ください。

2000年以後のソニー製品についてはこのブログの範囲外なので、詳しくは述べないが、主な動きを最後の記事として記す。

 

VAIOの位置づけの変化

 

Audio Video 機能を取り込んだかっこいいPCというのが創業後10年ぐらいのVAIOのポジションで、このポジションでシェアほぼゼロから、世界市場である程度のポジションを得ることができた。ソニーが一生懸命モルモットとして車輪を回し続けた成果は、インテル、マイクロソフトなどに活用されていって、Windows Vista (2006)でほぼWindows PCのAV対応が完成する。これ以後、VAIOはAV機能を売り物にはしにくくなり、小型化、デザインなどに重点がおかれるようになった。

wvmc0109

Windows Vistaに搭載された”Windows Media Center” (2006)  http://bb.watch.impress.co.jp/static/vista/wmc/2007/02/07/ より

 

ご存知のようにVAIOは2014年にソニーからカーブアウトされ、VAIO株式会社として、かつてのソニーのIT機器の主管工場であった安曇野の工場(旧ソニーEMCS長野工場、その前は長野東洋通信工業)で独立企業として運営されている。

SONY DSC

安曇野のVAIO本社にある 「VAIOの里」石碑 http://ctec3.blog.so-net.ne.jp/2011-07-27-4 より

 

 

PDAと携帯電話

MagicLinkと同時期に米国で発売されたPalm Pilotは徐々に機能を強化していき、他社にソフトウェアをライセンスするようになった。ソニーはこのライセンスを利用して、PDA “CLIE”を2000年に発売する。 (PEG-S500Cなど)

m_PEG-S500C_1

初代 CLIE PEG-S500C (2000年)

 

 

また、2001年には、ソニーは自社の携帯電話事業とスウェーデンのエリクソンの携帯電話事業を統合し、ソニーエリクソンモバイルコミュニケーション (SEMC)という合弁企業を設立する。(出資比率は50%ずつだが、わずかにエリクソン側が多く持っていて筆頭株主だったと思う。)

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Sony Ericsson ロゴ (SとEが流れるように融合している?)

 

ソニーの携帯電話事業は、20世紀には、国内と海外に分かれて運営されていた。国内では少ないながらなんとか維持、海外は米国で、Qualcommとの合弁企業 (QPE)での製造をしていたが、品質問題などが相次ぎ、一旦撤退した。

SEMCの設立は、PCに続く大型家電ビジネスでのソニーのポジションを確保する、という意味で重要な決断であったと思う。実際にその後の日本メーカーの携帯電話事業の経緯と、ソニーのたどった道を比べると、このときにソニーエリクソンを設立する、という決定は、PlayStation を別会社で経営する、という決定と同様に、その後の会社の運命を左右する重要かつ成功した決断だと思う。

ただ、SEMCを設立した結果、ソニー株式会社側は、携帯電話機能をもつ製品を開発することが契約上できなくなってしまった。このことは、同時期に開始された CLIE にとっては重大な問題となった。この時期から Palm Computing社のSpin outであるHandspring社は Palmに携帯電話の機能をつけた”Smart Phone”を販売するようになっていた。

Treo180

Palm OS採用の最初のSmart Phone “Treo 180” (Handsping社、2002年)

 

 

SEMC側は、エリクソン側で以前から開発していた SymbianというOSに基づいたSmart Phone “R380”という機種があり 2000年のSEMC設立直前に発売されている。その後、デザインなどをソニー風に明るくスマートな感じにした P800というモデルが2002年に発売されている。

ericsson_r380

Ericsson R380 (2000年) Ericsson らしい無骨なデザイン

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Sony Ericsson P800 (2002年) 機能・構造はあまり違わないが一挙におしゃれに

 

Symbian OSは’80年代、’90年代に英国のメーカー Psionが開発販売していた電子手帳のOS EPOCが元になっているもので、エリクソン、ノキア、モトローラ、松下が出資するSymbian社の携帯電話用のOSである。欧州版のPalm OSのような位置づけのOSともいえる。

 

Psion5mx

Sybmbianの元祖 Psion Series5 mx (1999年)

Palm OSと違って、SymbianはUser Interfaceやアプリケーション層は規定していなくて、各社固有のシステムであった。したがって、エリクソン製の製品とノキア製の製品でアプリケーションなどの互換性はなかった。

結果として、スウェーデンにある日本市場以外を担当する SEMCの「本社」側はSymbian OSのSmart Phoneを作り、東京ではソニー(株)が携帯電話にはできない CLIEを作り、同じく東京にある SEMC「日本支社」ではDoCoMo, AUなどにむけて各キャリア別の携帯電話(今でいうガラケー)を作る、という状況が2000年代前半の状況であった。 SEMC全体としては、Symbian OSの製品はごくわずかな部分しか占めておらず、主力はGSM規格にもとづく2Gのデジタル携帯電話で、欧州、中東、アジアが主たる市場であった。

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ソニーエリクソン 日本向け1号機 C1002S AU向け (2001年)  グリーンのシンボルマークがまだついてない。

 

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超小型モデル Premini (DoCoMo向け 2004年) 社名もつけられないDoCoMo向け

 

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海外での大ヒットモデル J300 (2005年)

 

一方 CLIEは、2004年のPEG-VZ90が最後のモデルとなってしまう。4年間で終わってしまった。その3年後の2007年, AppleがiPhoneを発売し、”Smart Phone”の世界は Apple と Google が支配する世界となってしまう。

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最後のCLIE PEG-VZ90 (2004年)

 

SEMCの方では、海外向けに2007年にWindows Mobileを採用した最初の”Xperia”が発売されている。(“Xperia X1”) 翌年、2008年からは Andorid に乗り換えた”Xperia”が発売され、現在までもソニーのSmart Phoneビジネスのブランド名として継続している。

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最初はWindows Mobile だった Xperia X1 (2007年)

2012年に、ソニーはSEMCのエリクソン持分を1123億円で買い取り、ソニー(株)の100%子会社 ソニーモバイルコミュニケーションとした。この再統合により、ソニーは単独で、世界の携帯電話市場である程度生き残っているメーカーとなった。

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SONYブランドに戻った Xperia GX SO-04D (2012年) 今度はグリーンのシンボルマークだけ残ってしまった。

 

 

生き残っているというのは実は大変なことなのである。かつての世界大手、ノキアはつぶれかけてマイクロソフトが買収、モトローラもつぶれかけて Googleが買収。日本も大手といわれた NEC, 松下、シャープ、富士通、東芝などのなかには撤退や他社との合弁にしたところもある。日本市場では現在、Appleがダントツの1位で、2位がソニーのようである。

結果として、2001年のSEMC設立がもしなかったとしたら、現在、ソニーはSmartPhoneのビジネスが出来ていた可能性は非常に低かったと思われる. ”ソニーショック”とか安定しない経営陣とか問題の多かった2000年代のソニーとしては数少ない優れた経営判断であったと思う。

 

So-net

So-netは1996年に提供開始されたソニーの日本国内向けISPである。ソニーとしては通信事業への本格参入はこれが最初であったと思う。1997年ごろから Post Pet というピンクのクマがメールを届けるサービスを提供して流行した。子会社であったが、その後、2001年にトラッキングストックという珍しい形式の株式を上場した。2013年にソニー(株)が全株を買い戻し、100%子会社に戻して、2016年にソニーモバイルコミュニケーションの子会社となった。

PostPet

“Post Pet” (1997年)の画面 http://www.nasu-net.or.jp/mail/mac/postpet/ より

 

ちなみに現在(2017年)のソニー(株)の副社長兼CFO吉田憲一郎はSo-net(ソニーコミュニケーションネットワーク)の社長であった。また、現在、ソニーモバイルコミュニケーションの社長の十時裕樹もSo-netの副社長であった。(その前はソニー銀行代表取締役)

 

デジタル家電全般

ソニーのAV家電事業はカメラ、テレビ、オーディオなどがあるが、いずれも21世紀に入ってから激変した。ここで、それについて語ることはとでもできないが、技術的流れとしては、ほぼ全製品(少なくとも社内で開発されるものは)がOSとしてLinuxが採用されている。当然、最初は従来の組み込み型OSとのメリット、デメリットが大きな論争になったが、ほぼ全機種にネットワーク機能が必要になり、その関係もあってLinuxの採用が進んだ。

また、この時期に、家電業界全体が、従来の垂直統合的な設計製造システムから、半導体、ソフト、部品、製造などのレイヤーに分かれた水平分業システムに以降していった。これはPCが1990年代後半から進んだ道で、家電はその10年ぐらい後に同様の道をたどり、台湾や中国のOEM/ODMメーカーの巨大工場が様々なメーカーブランドの製品を作るようになる。また、MediaTekのような半導体メーカーが様々な家電機器用の半導体と標準回路とソフトウェアを各社に提供するようになった。

 

sony-mission

ソニーの株主総会 (2017年)での平井社長による「ソニーのミッション」 http://www.phileweb.com/news/d-av/image.php?id=41265&row=16 より

 

 

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